東京のデザインエンジニアとは何か、なぜこれほど少ないのか

2026 年の東京で「デザインエンジニア」と呼べるのは、プロダクトが何であるべきかを決め、デザインし、本番のコードを書き、自分の名前で世に出す一人の人間です。私はカルロス・ラストレス、東京を拠点にする AI プロダクトデザイナー兼デザインエンジニアで、この一文がそのまま私の仕事の説明になります。この記事では、この職種がどこから来たのか、なぜこの街にこれほど少ないのか、そしてごく普通の火曜日にどんな仕事をしているのかを書きます。

この職種に名前をつけたのは日本だった

この肩書きは多くの人が思うより古く、しかも日本生まれです。山中俊治さんは日産のデザイン部門を離れて 1987 年に独立し、1994 年に東京でリーディング・エッジ・デザインを設立しました。日本デザインアーカイブ調査は、彼が「デザインエンジニア」という新しい職能を確立したと記しています。物の形を描きながら、内部の機構も理解している人です。のちに Takram を創業する田川欣哉さんと作ったキーボード Tagtype は、2009 年にニューヨーク近代美術館の永久収蔵品に選ばれました。Takram は今も神宮前のオフィスから、所属メンバーをデザインエンジニアと呼んでいます。

この系譜が大事なのは、この言葉が日本で何を意味してきたかを教えてくれるからです。日本のデザインエンジニアはハードウェアの人でした。プロダクトには外装と機構があり、その両方について考えられる稀な人は、別々の部屋に座るデザイナーとエンジニアより価値があったのです。

機構がソフトウェアになった

私が日々触っているプロダクトに外装はありません。アプリ、ウェブサイト、メニューバーの中の声、あるいは質問に声で答えるモデルです。機構はコードと言語モデルの振る舞いで、デザインはその振る舞いを人がどう体験するかです。この二つは切り離せません。面白い判断は、動いているものを見て初めて現れるからです。

何度も立ち返る例があります。カメラ越しに見たものに声で答える iPhone アプリ Glimpse を作ったとき、デザイン上の問いはレイアウトではありませんでした。質問と答えの間にある 0.5 秒で何が起きるか、でした。モックアップの上では、この間は見えません。動いているアプリでは、この間がプロダクトのすべてです。正しい答えにたどり着けたのは、画面を描いた同じ人間がストリーミングのコードも変えられて、雑音のある外で試し、昼までにもう一度直せたからです。

つまり 2026 年版のこの職種は、山中さんの考えの機構だけを入れ替えたものです。一人の人間が、プロダクトが何であるべきかという最初の判断から、インターフェース、本番コード、ストアへの公開、そしてリリース後に起きるすべてまでを運びます。私の場合はビジネスの側も含みます。価格、ペイウォール、決済、サポートのメール。なぜ「引き渡し」が仕事の中心でなくなったのかは別に書きましたが、その実際的な帰結がこれです。引き渡す相手がいないのです。

なぜ東京にこれほど少ないのか

今日「デザインエンジニア 東京」で検索すると、返ってくるのはほとんどが機械設計の求人と、いくつかのスタジオのプロフィールです。ソフトウェア版のこの職種は、日本企業の肩書きとしてはほぼ存在しません。理由は三つあると思っています。

一つ目は、デザインの居場所です。経済産業省と特許庁が国内の製造業 25,000 社に成功の要因を尋ねたとき、国内市場でデザインを挙げたのは 0.8%、米国市場では 0% でした。政府が「デザイン経営」宣言を出してから七年、多くの日本企業でデザインは今も、決定を受け取る側の部署です。プロダクトの意思決定とコードを書くことを同時に行う役割は、その組織図に収まらない。だから組織図はその役割を生みません。

二つ目は人材の供給です。IPA の DX 動向 2025 調査では、デジタル人材の質が十分だと答えた日本企業は 3.8% で、米国の 52.9% とは大きな開きがあります。デザインエンジニアに育ち得る人の多くは、ユーザーに触れないエンジニアのキャリアか、リポジトリに触れないデザイナーのキャリアのどちらかにいます。エンジニア不足の裏にある生産性の数字についても書きましたが、短く言えば、不足しているのは決めることを許された人でもあります。

三つ目は言語で、これは私自身の話でもあります。AI のツール、ドキュメント、この種の仕事をめぐる議論の大半は英語で動いています。プロダクトは日本語のユーザーに届きます。東京のデザインエンジニアはその両方に住む必要があり、私の場合はクライアントとユーザーの都合でスペイン語と中国語にも住んでいます。このフィルターだけで、候補者の大半がいなくなります。

どれも日本への不満ではありません。この街でこの役割に価値がある理由です。世界有数のハードウェアのデザインエンジニアリングがあり、政府が 2018 年から企業にデザインを本気で扱うよう求めていて、ソフトウェアのプロダクトをデザインして作れる人がごく少ない。つまり、できることと実際に出荷されるものの間に、とても大きな隙間がある街です。

火曜日の仕事はこんな感じ

この役割は、コードを覚えたデザイナーか、センスのあるエンジニアとして想像されがちです。実際には判断の連続で、その連続こそが本質です。

私の火曜日は、夜のあいだに壊れたものから始まります。たとえば AnimaEcho のレビューで、古い iPhone で声が途切れるという報告があったとします。プロジェクトを開いて再現すると、音声アプリではこの種の不具合はたいていデザインの判断が姿を変えたものです。アプリは来るはずのない沈黙を待っていた。だから本当の修正は、彼女の話を目に見える形で遮れるようにすることです。それをデザインして同じ一時間のうちに実装し、午前中には TestFlight に上がっています。

次はクライアントの仕事です。日本の企業が自社プロダクトに AI 機能を入れたいと言い、依頼は画面の形で届きます。私の仕事はそれを問いに戻すことです。モデルは実際に何ができるのか、ユーザーは何を理解する必要があるのか、モデルが間違えたとき何が起きるのか。答えは動くコードでプロトタイプにします。Figma のファイルは、モデルが間違える様子を見せてくれないからです。この作業の大半に Claude Code を使っていて、Anthropic の Claude Partner 認定を Claude Code の領域で受けています。これは要するに、どこで失敗するかを知るくらいには使い込んで出荷してきた、という意味です。

午後はポートフォリオには決して載らない部分です。復元されなかったサブスクリプション、翻訳調に読めてしまう日本語の文章、東京の住所でもテキサスの住所でも通る必要がある AnimaNext の配送フォーム。どれもデザインの問題であり、エンジニアリングの問題であり、ビジネスの問題でもあります。そして、その三つを一人で持っている人間が、三人の会議より速い理由でもあります。

本物かどうかを見分ける方法

珍しい肩書きなので、ゆるく名乗られがちです。GitHub アカウントを持つデザイナーとデザインエンジニアを分けるのは三つです。

ストアの掲載ページに本人の名前が載ったプロダクトがあること。貢献でも、チームのクレジットでもなく。販売者として本人の名前があるということは、プライバシーの申告からスクリーンショットまで全部を自分で扱ったということです。

本人が書いたコードが、今この瞬間に見知らぬ人のために動いていること。リポジトリ、パッケージ、公開中のアプリ。壊れることがあり、壊れたら本人が直さなければならないもの。

そして、動いているものを見てから覆したデザインの判断があること。これが本当のテストです。デザインと実装が同じ頭の中で起きた証拠だからです。

誰でもこのテストを私に当てられるように、出荷したものの日付つきの一覧を公開しています。必要なのに何を確認すればいいか分からない人のために、東京でデザインエンジニアを採用する方法も別に書きました。山中さんが三十年前にこの街から確立した役割は、今もプロダクトの仕事でいちばん役に立つ役割です。作るものが変わっただけです。

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